日语文学作品赏析《悠々荘》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
十月のある午後、僕等三人は話し合いながら、松の中の小みちを歩いていた。小みちにはどこにも人かげはなかった。ただ時々松の梢 に鵯 の声のするだけだった。
「ゴオグの死骸を載 せた玉突台 だね、あの上では今でも玉を突いているがね。……」
西洋から帰って来たSさんはそんなことを話して聞かせたりした。
そのうちに僕等は薄苔 のついた御影石 の門の前へ通りかかった。石に嵌 めこんだ標札 には「悠々荘 」と書いてあった。が、門の奥にある家は、――茅葺 き屋根の西洋館はひっそりと硝子 窓を鎖 していた。僕は日頃 この家に愛着を持たずにはいられなかった。それは一つには家自身のいかにも瀟洒 としているためだった。しかしまたそのほかにも荒廃 を極 めたあたりの景色に――伸び放題 伸びた庭芝 や水の干上 った古池に風情 の多いためもない訣 ではなかった。
「一つ中へはいって見るかな。」
僕は先に立って門の中へはいった。敷石を挟 んだ松の下には姫路茸 などもかすかに赤らんでいた。
「この別荘 を持っている人も震災以来来なくなったんだね。……」
するとT君は考え深そうに玄関前の萩 に目をやった後 、こう僕の言葉に反対した。
「いや、去年までは来ていたんだね。去年ちゃんと刈りこまなけりゃ、この萩はこうは咲くもんじゃない。」
「しかしこの芝の上を見給え。こんなに壁土 も落ちているだろう。これは君、震災 の時に落ちたままになっているのに違いないよ。」
僕は実際震災のために取り返しのつかない打撃を受けた年少の実業家を想像 していた。それはまた木蔦 のからみついたコッテエジ風の西洋館と――殊に硝子 窓の前に植えた棕櫚 や芭蕉 の幾株 かと調和しているのに違いなかった。
しかしT君は腰をかがめ、芝の上の土を拾いながら、もう一度僕の言葉に反対した。
「これは壁土の落ちたのじゃない。園芸用 の腐蝕土 だよ。しかも上等な腐蝕土だよ。」
僕等はいつか窓かけを下 した硝子窓の前に佇 んでいた。窓かけは、もちろん蝋引 だった。
「家 の中は見えないかね。」
僕等はそんなことを話しながら、幾つかの硝子窓を覗 いて歩いた。窓かけはどれも厳重に「悠々荘」の内部を隠していた。が、ちょうど南に向いた硝子窓の框 の上には薬壜 が二本並んでいた。
「ははあ、沃度剤 を使っていたな。――」
Sさんは僕等をふり返って言った。
「この別荘の主人は肺病患者 だよ。」
僕等は芒 の穂を出した中を「悠々荘」の後 ろへ廻 って見た。そこにはもう赤錆 のふいた亜鉛葺 の納屋 が一棟 あった。納屋の中にはストオヴが一つ、西洋風の机が一つ、それから頭や腕のない石膏 の女人像 が一つあった。殊にその女人像は一面に埃 におおわれたまま、ストオヴの前に横になっていた。
「するとその肺病患者は慰 みに彫刻でもやっていたのかね。」
「これもやっぱり園芸用のものだよ。頭へ蘭 などを植えるものでね。……あの机やストオヴもそうだよ。この納屋は窓も硝子 になっているから、温室の代りに使っていたんだろう。」
T君の言葉はもっともだった。現にその小さい机の上には蘭科植物 を植えるのに使うコルク板の破片も載せてあった。
「おや、あの机の脚の下にヴィクトリア月経帯 の缶もころがっている。」
「あれは細君の……さあ、女中のかも知れないよ。」
Sさんは、ちょっと苦笑 して言った。
「じゃこれだけは確実だね。――この別荘の主人は肺病になって、それから園芸を楽しんでいて、……」
「それから去年あたり死んだんだろう。」
僕等はまた松の中を「悠々荘」の玄関へ引き返した。花芒 はいつか風立っていた。
「僕等の住むには広過ぎるが、――しかしとにかく好 い家 だね。……」
T君は階段を上 りながら、独言 のようにこう言った。
「このベルは今でも鳴るかしら。」
ベルは木蔦 の葉の中にわずかに釦 をあらわしていた。僕はそのベルの釦へ――象牙 の釦へ指をやった。ベルは生憎 鳴らなかった。が、万一鳴ったとしたら、――僕は何か無気味 になり、二度と押す気にはならなかった。
「何 と言ったっけ、この家の名は?」
Sさんは玄関に佇 んだまま、突然誰にともなしに尋ねかけた。
「悠々荘?」
「うん、悠々荘。」
僕等三人はしばらくの間 、何 の言葉も交 さずに茫然と玄関に佇 んでいた、伸び放題伸びた庭芝 だの干上 った古池だのを眺めながら。
「ゴオグの死骸を
西洋から帰って来たSさんはそんなことを話して聞かせたりした。
そのうちに僕等は
「一つ中へはいって見るかな。」
僕は先に立って門の中へはいった。敷石を
「この
するとT君は考え深そうに玄関前の
「いや、去年までは来ていたんだね。去年ちゃんと刈りこまなけりゃ、この萩はこうは咲くもんじゃない。」
「しかしこの芝の上を見給え。こんなに
僕は実際震災のために取り返しのつかない打撃を受けた年少の実業家を
しかしT君は腰をかがめ、芝の上の土を拾いながら、もう一度僕の言葉に反対した。
「これは壁土の落ちたのじゃない。
僕等はいつか窓かけを
「
僕等はそんなことを話しながら、幾つかの硝子窓を
「ははあ、
Sさんは僕等をふり返って言った。
「この別荘の主人は
僕等は
「するとその肺病患者は
「これもやっぱり園芸用のものだよ。頭へ
T君の言葉はもっともだった。現にその小さい机の上には
「おや、あの机の脚の下にヴィクトリア
「あれは細君の……さあ、女中のかも知れないよ。」
Sさんは、ちょっと
「じゃこれだけは確実だね。――この別荘の主人は肺病になって、それから園芸を楽しんでいて、……」
「それから去年あたり死んだんだろう。」
僕等はまた松の中を「悠々荘」の玄関へ引き返した。
「僕等の住むには広過ぎるが、――しかしとにかく
T君は階段を
「このベルは今でも鳴るかしら。」
ベルは
「
Sさんは玄関に
「悠々荘?」
「うん、悠々荘。」
僕等三人はしばらくの
(大正十五年十月二十六日・鵠沼)
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