新選組一番隊組長として小説やゲームなどでおなじみの天才剣士沖田総司と、激戦の池田屋を戦い抜いた名刀加州清光。それぞれの魅力をご紹介します!

作为新选组一番队队长在小说、游戏中被人熟知的天才剑士冲田总司,以及与他激战池田屋并肩作战的名刀加州清光。这次就来介绍一下他们各自的魅力!

沖田総司の愛刀は菊一文字じゃない?

冲田总司的爱刀并不是菊一文字?

ドラマなどのフィクションでは菊一文字とされていることが多いのですが、『菊一文字』という刀は現代の価格にすると数千万円。当時の大名ですら入手困難のレア品。

在电视剧等虚构的故事中,菊一文字被认为是冲田的爱刀,而“菊一文字”这把刀的价格已经飙升至数千万。是当时大名都很难入手的珍贵物品。

沖田の所有した刀として、よく「菊一文字則宗」の名が挙げられ、これは子母澤寛などの伝記により「沖田の刀は“菊一文字細身のつくり”」とされていたことから広まったものであるが、則宗作の刀は、刀が常用されていた当時でさえ非常に貴重な古刀であり、大名ですら入手困難な国宝級の代物であったため、経済的にも実戦で使用する必要性からも沖田が所有した可能性はほとんど無いと推察される。

作为冲田所持有的日本刀,“菊一文字则宗”的名字经常被提起,这是源于子母泽宽等人的传记中的记载“冲田的刀是‘菊一文字打造的细长刀身’”,从而扩散开来,不过则宗的刀,在刀具盛行的那个时代也是十分贵重的古刀,他的刀甚至是大名都入手困难的国宝级代表物件,所以有专家推断无论是其经济性还是实战使用的必要性,冲田所拥有它的可能性几乎为零。

それに加えて病で夭逝した沖田総司の道半ばで倒れた悲しさや生きていた頃のエピソードなどが広く知られた結果、 腕の立つ天才剣士が貴重な刀を振るって新選組一番隊組長として任に就いていたというイメージが出来上がったのではないかと思います。

再加上因为疾病英年早逝的冲田总司,人生走到半途便倒下的悲伤和生前的轶事被广泛传颂,其结果便塑造了现在人们印象中的冲田总司,技术高超的天才剑士挥舞着珍贵的刀就任新选组一番队的队长。

沖田総司は実際どんな刀を使ってた?

冲田总司实际上使用的是怎样的刀呢?

沖田総司が使用していたことが実際に史実として記録に残っているのは打刀(うちがたな)という刀種の『加州清光』。打刀は戦国武将達が主に騎乗で愛用していた太刀とは違い、徒歩での戦向き。刀身も成人男性の腕の長さ程度となっており抜きやすいのが特徴です。

冲田总司实际上使用的刀,根据历史记载所留下来的记录,是名为“打刀”这一刀种的“加州清光”。打刀与战国武将们主要用于乘骑的爱刀太刀有所不同,打刀是主要是徒步攻击者战斗上使用的刀种。刀身长约为成年男性胳膊的长度,以易于拔刀为特征。

この『加州清光』は実際に池田屋事件の時に沖田総司が帯刀し、そこで『加州清光』は帽子と呼ばれる切っ先が欠けてしまいました。刀が欠ける…それほどの激戦を、新選組は繰り広げたということになりますよね。

这把“加州清光”实际上是池田屋事件时冲田总司的佩刀,着这里,“加州清光”被称为帽子的刀锋有所损坏。造成了刀的破损,可见打斗程度的激烈,新选组名扬天下就是以此为契机。

池田屋…その後

池田屋…之后

その後、欠けてしまった『加州清光』を修理しようと沖田総司は鍛冶屋を訪ねますが修理できないと断られてしまいました。

之后,冲田总司为了修理破损的“加州清光”,拜访了一个锻造屋,却以无法修理为由被拒绝了。

そして、池田屋で沖田総司と一緒に戦った名刀『加州清光』は残念ながら現存していません。中鉢美術館の展示品は同名刀工の手によるものですが一見の価値はありです!

在池田屋与冲田总司一起战斗的名刀“加州清光”已经不复存在了。中钵美术馆中的展示品出自同一名刀工之手,有去一睹尊容的价值。

刀工加州清光はどんな人物?

刀工加州清光又是何许人也?

沖田総司の愛刀を作った刀工である加州清光は何代目かは実のところ定かではないというのが通説ですがここでは、6代目加州清光についてふれていこうと思います。6代目加州清光、正式な名前を『加州金沢住長兵衛藤原清光』と言います。

锻造冲田总司爱刀的刀工加州清光到底是第几代传承人其实没有一个广泛认可的说法,这里我们就暂且认为是第6代加州清光。6代目加州清光正式的名字为“加州金泽住长兵卫藤原清光”。

6代目加州清光は別名を『非人(乞食)清光』、その理由は加賀藩が建てた非人小屋に住んだからというもの。この小屋は窮民収容所とも言い、身分差別を受けていた人ばかりが住んでいるものではありませんでした。

6代目加州清光还别名“非人清光”,其由来是他住在加贺藩建造的非人小物中。这个小物也被称为贫民收容所,不过也不是所有住民都是遭受到身份差别对待的人。

戦乱が終わった天下泰平の世では刀工はお役御免になってしまっていました。神事で使う程度ではそれこそボロボロになることなど考えられません。またこの時期に水害などの自然災害もあったので暮らしに困った刀工が非人小屋へ入るのも理解できます。

战乱结束,天下回归太平的时候,刀工也算是失业了。所锻造的刀也就是神事的时候被使用一下,正因为如此刀具也很难破损、折断变得残缺不堪。再加上这一时期,水灾等自然灾害频发,为生活所困的刀工们住进非人小屋,也不难理解。

6代目加州清光は非人小屋に住んではいましたが、腕前が認められて加賀藩主より『清光』の名前を使うことを許可され小屋で名作を何振りが鍛え献上していることが記録として残っています。

6代目加州清光住进了非人小屋,其铸刀技术被加贺藩住认可,允许使用“清光”这一名字铸刀,有记录显示他在这个小物铸造了好几把名作日本刀进献朝廷。

沖田総司の愛刀はもう一本ある?

冲田总司还有一把爱刀?

『加州清光』の項で引用しましたが、沖田総司の愛刀はもう一振りあります。刀工、大和守安定に鍛えられた打刀の『大和守安定』です。

借用了“加州清光”的首部,冲田总司还有另一把爱刀。它便是大和守安定锻造的打刀“大和守安定”。

アニメで「池田屋には清光を沖田君は連れていったのに、夢の中では自分(安定)を連れていくんだ」というような台詞があった通り、どうやら史実上でも『加州清光』の切っ先が折れた池田屋には『大和守安定』は帯刀していません。

如同动画刀剑乱舞中,全篇贯穿着“明明冲田君带去池田屋的是清光,在梦中,同去的却是自己(安定)”这样的台词一般。这多半是因为在真实的历史中,在“加州清光”折断的池田屋中,并没有佩刀“大和守安定”。

実は大和守安定は凄い!

实际上大和守安定十分厉害!

刀工の大和守安定は江戸時代の紀伊国出身、活躍した地域は武蔵国(現在の東京・埼玉・神奈川県の辺り)。和泉守兼重に師事したとも二代康継に師事したともいわれている人物です。どちらにしても、その二人に師事を受けた大和守安定は本当に凄い刀工です。

大和守安定出身江户时代的纪伊国,他活跃的地区在武蔵国(现在东京・埼玉・神奈川附近)。是那个既拜和泉守兼重为师,又拜二代康继为师的人物。无论怎么说,受师于两人的大和守安定是一名非常厉害的刀工。

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