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日本語には、和語、漢語、そして外来語という出自の異なる3種の語彙が共存している。これらを区別して意識することに何か実益があるのか、といわれると困る。まあ、日常の言語生活では特に実益はないけれど、このブログでは役に立たないこともすこし考えてみたいのです。

和语、汉语词及外来语这三种出身各不相同的词汇共处在日语这一个屋檐下。不过你要说区分认识这些词能有什么实际作用,那我也没法回答。虽然做这事在日常语言生活中没什么实际作用,但我还是想在这个博客里稍微探讨下这没什么用的话题。

日本語の世界において、これら3種の語彙はどんな関係にあるのだろう?

在日语世界里,这三种词汇到底处于一种什么关系呢?

和語は「にほんご」家の家つき娘である。この家で生まれ育った。そして、お隣から婿を迎えた。これが漢語である。外来語は最近遠くからもらった養子、というところだろうか?この養子は金髪碧眼でなにかと目立つから、近所の娘たちにもてもてである。聞くところによるとファッション関係につとめているらしい。

和语是“日语”家族里的招赘女儿,从小在家中长大。之后,从邻居那来了个上门女婿,他就是汉语词。外来语是这俩夫妇收养的养子,来自远方,是这么回事吧?这个养子金发碧眼,怎么看怎么抢眼,所以很受附近女孩子们的欢迎。听别人说他从事的是时尚相关的行业。

さて、お父さんはいつも表通りに面した応接室に正装してどっしり構えている。婿養子のわりには、ひげなんか生やしてえらそうにしている。なにしろ手持ちの財産(つまり語彙の数ですね)が多いから、お母さんは頭が上がらない。客がやってくると、「ご多忙のところ、恐縮至極です」などとあいさつしている。そして、話の中身も「最近のIT革命に即応すべく、情報基盤の充実に経営資源を集中しております」といった調子である。

父亲呢,平时总是在面向大马路的接待室里正襟危坐。虽说是上门女婿,却留了一脸的胡子,颇有架子。由于家底丰厚(也就是词汇量嘛),母亲在他面前总是抬不起头。如果来了客人,父亲会招呼着说“百忙之中莅临我处,实在是惶恐之至。”与客人谈话时也是这样一副腔调:“鄙人欲顺应近日IT革命,为巩固信息基础而集中经营资源。”

外へ出かけていって、会合であいさつしたり講演で一席ぶったりするのもお父さんの役目である。お母さんはいつも普段着であまり外には出ない。台所か勝手口のあたりにいて、生協の人が配達に来ると、「まあまあ、忙しいのに、いつも悪いわねえ」(和語100%)とやさしくねぎらっている。買いもので近所の奥さんに出会ったりすると、「ここ、おさかな高いわねえ。どこか安いお店ないかしら?」といった調子で話し込んでいる。家事の合間に短歌や俳句を作ったりすることもあるようだ。

外出在聚会上致辞或在演讲会上激情演说那都是父亲的职责。母亲则常常身着便服、很少外出。她平时就呆在厨房或者后门处,若有生活委员会的人送来东西,便会亲切地谢道:“哎呀呀,您那么忙还特地跑这一趟,真是不好意思啦。”(100%和语)。出去购物要是遇见了附近的太太们就会这么聊上了:“这里的鱼可真是贵啊,不知道哪有便宜点的店呢?”据说她在做家务之余,还会自己作短歌吟俳句。

問題はこの二人の夫婦仲だが…。

问题是这夫妇两人之间的关系……

おたがい自分の性格や得意分野をよくわきまえていて、うまく役割分担して「にほんご」家を支えている、とも言えるし、内実は家庭内別居をしていてうわべだけ取り繕っている、と見ることもできる。二人の間に実のこどもがいないのか、といえばそうではない。いることはいるのだが、なんとなく影が薄い。いわゆる「重箱読み」とか「湯桶読み」といった連中ですね。だから、養子のほうがよほど目立っている。AとBがまざりあって、AでもBでもないCになる、という現象を宗教分野ではシンクレティズムというそうだが、日本ではことばでも料理でもシンクレティズムは一般的ではない。したがって、クレオールやピジンも育たない。

可以说他们互相明白各自的性格及擅长的领域,俩人夫唱妇随协力经营日语这个家业,但也可以这么看——其实他们只是表面风光,在家里却一直分居着。你要说他俩之间没有亲生的孩子吧,倒也不是这样。有是有,可总觉得没什么存在感。其实也就是“音训读法”、“训音读法”这些家伙。这么一来养子显得尤为抢眼。据说在佛教中,人们把A、B结合孕育出既非A也非B的现象称作是折中调和,但在日本,不管是语言还是料理这种调和都不常见。所以,既没有孕育出克里奥尔语也没有孕育出皮钦语(指混合语)。

【延伸知识】
①重箱読み(じゅうばこよみ)は、日本語における熟語の変則的な読み方の一つ。語の上の字を音として、下の字を訓として読む「重箱」(ジュウばこ)のような熟語の読みの総称である。現代の日本語においては、和語と漢語が結合した混種語も日常語として深く浸透しており、慣用になっているものも少なくない。これに対して、上の字が訓、下の字が音とする読み方を湯桶読み(ゆとうよみ)という。
②クレオール:クレオール言語のこと。意思疎通ができない異なる言語の商人らなどの間で自然に作り上げられた言語(ピジン言語)が、その話者達の子供達の世代で母語として話されるようになった言語を指す。

和語と漢語が一緒に暮らしはじめてやがて2千年。金婚式どころではない。本当のところ、二人はどう思っているのだろう?直接、聞いてみたい気がする。

和语和汉语词在一起生活了近两千年,还根本谈不上什么金婚。说实话这俩人到底是怎么想的呢?我倒是想亲口问上一问。

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