欧州に住んでいた女性の話である。6年前の夏、日本の母親が信号無視の車にはねられ、急死した。一番早い飛行機と新幹線で帰郷し、スーツケースを引きずって斎場に駆け込むと、火葬が始まっていた。後日、実家の洗面所で母を見つけ、そっとティッシュくるむブラシの毛髪だ。

这是有关一位居住在欧洲的女子的事情。6年前夏天,在日本的母亲突然被闯红灯的汽车撞倒而去世。当她乘坐最早一班航班和新干线回到家乡,拖着行李箱赶到火葬场时,火葬已经开始了。后来,在母亲家的卫生间找到了“母亲”,急忙包进卫生纸里。那是发刷上的母亲的头发。

横浜市で開かれた葬祭見本市で、「手元供養」の商品群を見た。たとえば、遺骨や遺髪から合成するダイヤモンドは、炭素の結合力を故人とのきずなに見立てる。遺骨と石の原料を溶かして飾りにする業者は、工程を遺族に見せるという。

手元供養(てもとくよう)とは、一般的な葬送の方法である寺院への納骨の代わりに、或いは納骨を行ったうえにさらに、遺骨(遺灰)を自宅等で保管し、慰霊の場を身近に置いて故人を偲ぶという概念。手元供養品には、遺骨の扱い方で加工型と納骨型に大別できる。方法は地蔵の焼き物、石製(庵治石など)のオブジェや竹製、金属製、遺骨混入型のペンダント(カロートペンダント)などがあり、供養する側の好みや、価値観、供養観、死生観などにより選ばれている。

横滨市举行的葬仪产品展上见到了“身边供奉”的系列产品。比如,由遗骨和遗发合成的钻石是将炭晶体看作与故人的牵绊。据说厂家还让亲属观看将遗骨和原料石溶解制成饰物的整个过程。

「愛する人たちとの死別に比べれば、他のことはいずれも、人生で取るに足らない」。物理学者の米沢富美子さんは『二人で紡いだ物語』(朝日文庫)で、夫との別れをこう書いた。

“和你所喜爱的人们永别相比,人生中其他所有的一切都显得微不足道”。物理学家米沢富美子在“二个人谱写的故事”上如此写下了她和丈夫分别时的感觉。

風になると思えば、いくらかは安らぐ。でも、「人の世の悲しみをよそに、自然は容赦なく営みを継続し、春がゆき、夏が来ようとしている」(同書)という心境になれば、愛する人の「かたち」を欲することもあろう。

想到他会变成风,心情就会稍微平静一些。但是,如果变成 “不顾人世的悲伤,自然无情地继续着它的各种活动,春去秋来”这种心境的话,也会想要获得喜爱之人的“遗物”吧。

日本の死者は03年に年100万人を超え、葬祭関連の市場も膨らんでいる。一方で、介護や医療の負担もあって、葬儀1件あたりの出費は減る傾向という。都会では、お墓や仏壇が縁遠くなりつつある。

日本年死亡人数2003年超过100万人,葬仪相关市场规模不断扩大。一方面由于护理和医疗负担原因,据说一次葬礼的花销有逐年减少倾向。城市中人们对墓地和佛龛越来越不感兴趣。

死者をしのぶ行為は本来、すぐれて個人の心の問題だ。しきたりや世間体を離れ、簡素でも自分に正直に、気が済むようにすればいいとも思う。私事にわたるが、冒頭の話は今回、手元供養をめぐるやりとりの中で、妻から初めて聞かされた。

追忆死者的行为原本是明显的个人感情问题。我认为抛开惯例和面子,虽然简朴,但只要自己真诚,心安理得地去做就好了。然后是私事了,但开头的故事是我与妻子围绕“在身边向死者祈福”的谈话中,第一次从妻子这里听说的。

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