僕はひざかかへながら、洋画家のO君と話してゐた。赤シヤツを着たO君はたたみの上に腹這はらばひになり、のべつにバツトをふかしてゐた。その又O君のかたはらには妙にものものしい義足が一つ、白足袋たびの足を仰向あふむかせてゐた。
「まだ残暑と云ふ感じだね。」
 O君は返事をする前にちよつとまゆをひそめるやうにし、縁先えんさき紫苑しをんへ目をやつた。何本かの紫苑はいつのにかこまかい花をむらがらせたまま、そよりともせずに日を受けてゐた。
「おや、こいつはもう咲いてゐらあ。この………なんと云つたつけ、団扇うちはの画の中にゐる花の野郎やらうは。」

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 海の音の聞えない、空気の澄んだ日の暮だつた。僕はやはりO君と一しよに広い砂の道を散歩してゐた。すると向うからお嬢さんが一人ひとりがきに沿うて歩いて来た。白地のかすりに赤い帯をしめた、可也かなりせいの高いお嬢さんだつた。
「あ、あのお嬢さんは気の毒だなあ。長い脚を持てあつかつてゐる。」
 実際その又お嬢さんの態度はO君の言葉にそつくりだつた。

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 O君はつゑ小脇こわきにしたまま、或大きい別荘の裏のコンクリイトの塀に立ち小便をしてゐた。そこへ近眼鏡きんがんきやうか何かかけた巡査じゆんさ一人ひとり通りかかつた。巡査は勿論とがめたかつたと見え、白扇はくせんでO君を指さすやうにした。
「これです。これです。」
 O君は多少どもりながら、杖で二三度右の脚を打つた。右の脚は義足だつたから、かんかん云つたのに違ひなかつた。
「僕のうちはそこなんですが、……」
 巡査はにやにや笑つたぎり、何も言はずに通りすぎてしまつた。

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 家々の屋根や松のこずゑに西日の残つてゐる夕がただつた。僕はキヤンデイイ・ストアアの前に偶然O君と顔を合せた。O君は久しぶりに和服に着換へ、松葉杖をついて来たのだつた。
「けふは松葉杖だね。」
 O君は白い歯を見せて笑つた。
「ああ、けふはオオル(かい)にしたよ。」

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 僕はO君のうちへ遊びにき、四畳半の電燈の下にいろいろのことを話し合つた。が、大抵たいていは神経とかテレパシイとかの話だつた。Uと云ふ僕の友だちの一人ひとりはコツプに水を入れて枕もとへ置き、しばらくたつてそのコツプを見ると、いつか水が半分になつてゐる、或晩などはうとうとしてゐると、いきなり顔へ水がかかつた。しかし驚いて飛び起きて見ると、コツプだけは倒れずにちやんとしてゐる、――そんな話も出たものだつた。
 それから僕等は散歩かたがた、町まで買ひものに出かけることにした。するとO君はいつもに似合にあはず、肘掛ひぢかけ窓の戸などをしめはじめた。のみならず僕にかう言つて笑つた。
「この窓にあかりがさしてゐるとね、どうもそとから帰つて来た時に誰か一人ひとりここに坐つて、湯でものんでゐさうな気がするからね。」
 O君は勿論もちろんこの家に自炊生活じすゐせいくわつをしてゐるのである。

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 O君はけふも不相変あひかはらず赤シヤツに黒いチヨツキを着たまま、午前十一時の裏庇うらびさしの下に七輪しちりんの火を起してゐた。焚きつけは枯れ松葉や松蓋まつかさだつた。僕は裏木戸うらきどへ顔を出しながら、「どうだね? めしけるかね?」と言つた。が、O君はふり返ると、僕の問には答へずにあたりの松の木へあごをやつた。
「かうやつて飯をいてゐるとね、松は皆焚きつけの木――だよ。」

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 パナマ帽をかぶつたO君は小高い砂丘に腰をおろし、せつせとブラツシユを動かしてゐた。柱だけの白いバンガロオが一軒、若い松の群立むらだつた中にひつそりと鎧戸よろひどおろしてゐる。――それを写生してゐるのだつた。松は僕等の居まはりにも二三尺の高さに伸びたまま、さすがに秋らしい風の中に青い松かさを実のらせてゐた。
「松ぼつくりと云ふものはこんな松にもなるものなんだね。」
 O君はブラツシユを動かしながら、僕の方へ向かずに返事をした。
「女の子が妊娠にんしんしたと云ふ感じだなあ。」

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 O君は本職の仕事のあひだにせつせと発句ほつくを作つてゐる。ちよつとO君を写生した次手ついでにそれ等の発句もつけ加へるとすれば――
らんちくはさみ入れたる曇りかな
夜具綿やぐわた糸瓜へちまの棚にしもせよ
わくら葉はてふとなりけり糸すすき
うすら日を糸瓜へちまかはむけ井戸端に
ひときはにあをきは草の松林
大つぶもまじへて栗のはしりかな
鳳仙花ほうせんくわたねをわりてぞもずのこゑ
(十五・十・十一鵠沼くげぬま

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