集団の中で自分の居場所を見つける力が鍛えられた

培养了在集体中找到自身定位的能力

「今がいちばん楽しいかもしれない」

“现在应该是最快乐的”

前田さんは、インタビュー中何度となくそう発言した。アイドルとしての葛藤、俳優としての葛藤、人間・前田敦子としての葛藤――。その表情からは、さまざまな葛藤を抱えて、それを乗り越えてきたからこその輝きが感じられる。

前田曾在采访中无数次这样说道。作为偶像,作为演员,作为前田敦子,全都面临着各种挑战—。从她的表情中可以感受出面对和克服各种挑战的自信光芒。

「人気者になりたいという思いですか? ないです、ないです。アイドルのときは特になかったです。でも、それがよかったのかもしれないと今は思います。当時は、ちょうどアイドルが多様化していた時代だったので。そのときに、“考える力”の大切さを、秋元(康)先生に叩き込まれた気がします。大人数の中で育ったので、お互いどう思っているか、直接言葉で伝えるんじゃなくて、常に誠実に探っていって、その上で、自分らしい何かを見つけるとか……。集団の中での自分の居場所を見つける力みたいなものは、AKB時代に鍛えられたと思います」

“你想成为受欢迎的人吗?  没,没有呢。我当偶像的时候,也没有什么特别的。但现在回过头来想想,那是一段很好的经历。当时,偶像行业开始迈向多样化时代。那时,秋元康老师就叮嘱我“思考力”的重要性。我是在一个大集体中成长起来的,所以对于彼此之间的想法,并不是直接用语言传达,而是真诚地去探索,然后在此基础上找到自己的特质……。在集体中找到自己的定位,这是我在AKB的时候锻炼出来的”

インタビュー前編では、「突然荒波に放り込まれた」という表現をしていた前田さんだが、アイドル時代の葛藤に具体的に話が及ぶと、「右も左もわからない、まっさらな、怖いもの知らずの状態で、色んなことに挑戦できる場所がAKBで、本当にラッキーだった」とも語った。

在此前的采访中前田曾表示“突然陷入了波涛之中”,但当具体谈到偶像时期的一些经历时,她说“我真的很幸运,AKB给予了我尝试挑战各种新鲜事物的平台,那时还不知道什么是对与错,可以说是初生牛犊不怕虎。”

「AKBに入ったからこそ、なんでも挑戦できる恵まれた環境の中で、『好きなことを探していいよ』って言ってもらえた。それが本当に有難いことだったなって思います。だって、『ずっとここにいなさい』『ここで頑張りなさい』って言われるのが普通じゃないですか。なのに、私が卒業を決めたときも、『行っていいよ』って背中を押してくれて、フリーになるときも、AKB時代からずっと面倒を見てくれた事務所の人たちが、『あっちゃんは、自分で決めたらその意志を貫く人だから、私達は見守るよ』って言ってくれた。だから、今こうやって一人で自由に泳げる環境にいられるんです」

“正因为我加入了AKB,我可以接触、尝试很多新鲜事物,身边的人经常跟我说‘去做自己喜欢的事情吧’。我觉得这样的忠告是非常难得可贵的。‘请一直待在团里’‘请在AKB好好努力’这样说也很正常不是吗。但是,当我决定从组合毕业的时候,大家支持我说‘可以哦’,成为独立艺人的时候,在AKB时期一直照顾我的工作人们对我说‘阿酱一直是个有主见的人,我们会支持你的’。我想正因为如此,我才能够一个人自由发展”

現場では、キャリアが下の人たちが萎縮しないように

在拍摄现场,为了不让资历浅的演员们尴尬…

一人で自由に泳ぐことができるようになったのも、20代のうちに、色んな学びを得たからだ。自分にはまだまだ知識も経験も足りないと感じていた彼女が、仕事のスタッフと、フラットな立場で話せるようになったのは、20代後半になってからだ。

能一个人自由发展也是因为在20来岁的时候学到了很多东西。她一直觉得无论是学识还是经验自己都积累得太少,一直到二十五岁以后,她才变得自信,能够与工作人员平等交流。

「最近は、年下の共演者も多くなって、『学生時代にAKBをめっちゃ歌ってました!』とか、『CD持ってました!』『劇場に通ってました!』とか言われることが、すごく増えたんです。年下の女優さんに、『会っていちばん興奮した人です!』なんて嬉しいことを言ってもらったこともあって。やっぱりAKBって、誰かの青春の中にちゃんとあったんだなぁって、あらためて感じますね。

“最近,遇到了很多比我小的合作演员,他们看到我就会说‘学生时代学唱了好多AKB的歌!’‘我买过你们的CD!’‘我去过剧场!’。还有位年轻的女演员超兴奋地对我说‘你是我最想见到的人!’果然,AKB是很多人的青春啊,再次感受到了呢。

でも、野田地図のときは私が最年少だったんで、それもすごく嬉しかったんですよ(笑)。みんな『あっちゃん』『あっちゃん』って娘とか妹のような感じで可愛がって下さったので。私は、同世代の俳優さんよりも、経験だけはたくさんしてきたからこそ、今ちょっとでもキャリアが下の人たちが萎縮しないように、現場の雰囲気を開放的なものにしてあげたいです。そういう雰囲気づくりは、今、私がやるべきことかなとは思っていますね。」

然而,在野田地图的时候我是最小的,我也非常开心(笑)。大家都叫我“阿酱”,像对待女儿或者妹妹那样照顾我。比起同时代的演员,我在圈里摸爬滚打的时间更久一些,为了让资历浅的演员们不尴尬,我会调动现场的气氛。我觉得这是我应该做的事情。“

役に没入することだけでも大変なのに、現場で、きちんと周囲への気遣いも怠らない。空気を読むのが得意な彼女は、共演者やスタッフからも、年齢の上下に関係なく、さまざまなものを吸収してきた。

光是让自己沉浸在角色当中就已经很辛苦了,前田还要在现场为周围的人考虑。善于察言观色的她,不论年龄,都能从合作演和工作人员那里学到很多有用的东西。

「お芝居って、一人でやるものじゃないから、好きなんです。今回は、長塚さんがいつも隣にいて、色んなことを教えてくださって(笑)。まだまだ知らないことが世の中にはたくさんあるなぁ、日々勉強だなぁ、なんて思いながら日々を過ごしています。舞台は、本番中も変化していくじゃないですか。変化していくことは、役の中でみんなが生きてる証拠だなって思う。お芝居を通して、変化を実感できることが、すごく楽しいです」

“我喜欢话剧,因为一部话剧需要大家齐心协力去完成。这次,长塚先生一直在我身旁教导我(笑)。我每天都在想,原来世界上还有那么多我不知道的事情呀,我要日日坚持学习啊。正式演出时呈现出的舞台会有所不同。我认为正因为有变化,才能体现出角色是鲜活的。通过话剧,切身感受到这种变化,我非常开心”

私の理想はこの人だ!

我要成为这样的人!

映画「夜の女たち」の溝口健二監督は、何度もタッグを組んだ女優・若尾文子さんに対して、「芝居をするのではなく、反射しなさい」と教えたというエピソードがある。芝居というのは、自分の意思で動くのではなく、相手役の言動に対するリアクションが何より大切なのだと。その話をすると、前田さんは、「私、いちばん好きな女優は、若尾文子さんなんです!」と目を輝かせた。

电影《夜之女》的导演沟口健二曾多次对合作的女演员·若尾文子说“不要去刻意的表演,要真实的反应”。所谓话剧,并不是按照自己的意志去做动作,最重要的是对其他演员的一言一行做出反应。当我提到这一点的时候,前田的眼睛亮了起来,激动地说道“我最喜欢的女演员就是若尾文子!”

「もう随分前に、代官山のTSUTAYAで若尾さんの主演のDVD特集があったんですよ。たぶん、作品が一気にDVDになった時期で、そのとき『青空娘』のポスターを見て、『なんて可愛いんだ!』って思って。一目惚れです(笑)。

“很久以前就喜欢了,在代官山的TSUTAYA有若尾文子主演的DVD特辑,大概是在DVD普及的时期,那时候看了《青空娘》的海报,觉得‘太可爱了吧!’。这就是一见钟情吧(笑)。

何作かDVDを買ってみたら、私の好みのど真ん中で、ハマりました。若い頃は、溌溂としてる部分もありながらちょっと影もあって。成熟してからも、色気とお茶目な部分、上品さとか、大胆さとか、色んなものが混ざっていて。『私の理想はこの人だ!』っていう対象が見つかった気がしました。『東京おにぎり娘』っていう作品も好きですが、今を生きる女性たちに観てほしいのは、『婚期』。おすすめです。この頃の映画って、すごく自由だったんだろうなとも思って。それもなんだか嬉しかったです

我买了几张DVD,都戳中了我的内心,我就迷上了。她年轻的时候,活泼可爱但也有一点阴郁。成熟之后,性感中带着一丝调皮,既优雅又新潮。看到她我知道“这就是我的理想型!我喜欢《东京饭团姑娘》,但我更想将《婚期》推荐给活在当下的女性们。真的强烈安利。那个时代的电影,我想应该是非常自由的吧。我觉得这一点真的很厉害””

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