日本历史大致可分为15个时代:旧石器时代、绳文时代、弥生时代、古坟时代、飞鸟时代、奈良时代、平安时代、镰仓时代、室町时代、战国时代、安土桃山时代、江户时代、明治时代、大正时代和昭和时代

前面小编特别为大家介绍了弥生时代后期的邪马台国女王卑弥呼,继弥生时代之后日本进入古坟时代,古坟时代(公元3世纪中期至公元7世纪末期)是一个盛行修筑古坟的时代,大多以前方后圆古坟为主,进入7世纪之后以方坟、圆坟、八角坟居多。与之前小编介绍的弥生时代相比,古坟时代时期社会更加动荡不安。

世の中の動き|社会变动

弥生時代末期には、奈良盆地東南部を中心とするものと、北部九州を中心とする政治勢力が存在していました。このどちらかが基礎となって、ヤマト王権が成立したとすると、奈良盆地の勢力が、吉備勢力と一緒になってヤマト王権に成長したとする説があります。

弥生时代末期主要存在两股政治势力,一股以奈良盆地东南部为中心,另一股以九州北部为中心。据说其中一股势力逐渐强大起来建立了大和政权;还有一种说法是奈良盆地势力与吉备势力一起建立了大和政权。

注:吉备国(きびのくに)是古代日本的地域性国家。包括现在的冈山县全域和广岛县东部、香川县岛屿部分、兵库县西部(佐用郡的一部分和赤穗市的一部分等)

初期ヤマト王権|大和政权初期

ヤマト王権が成立した頃、奈良盆地を中心に大規模な前方後円墳が造られています。ヤマト王権はヤマト地方を中心に、本州の中部から九州の北部までを支配していたとされています。倭を代表する勢力になり、支配を拡大させるために、様々な種族や勢力との衝突があったと言われています。

大和政权成立之时,以奈良盆地为中心的地区大规模建起了前方后圆的古坟,大和政权以奈良为中心统治着本州中部至九州北部地区,以大和政权为代表的势力为寻求扩张与其他种族势力冲突不断。

古代国家|古代国家

王朝を通じ、それまで地域国家であったものを脱し、初期国家を形成していくことになります。王権のもとには、物部氏、蘇我氏、大伴氏などがおり、地方では吉備氏氏族など、各地の豪族が勢力をはっていました。宣化天皇の頃には曽我氏が大臣になり、崇駿天皇になると、蘇我氏が一人で政権中枢を握りました。それから半世紀の間、蘇我稲目・馬子・蝦夷・入鹿などが、政治の重要な地位を占めました。欽明天皇の時代になると戸籍が造られ、国家機構が整えられます。仏教伝来もあり、このことで蘇我氏と物部氏が争うこととなり、結果、蘇我氏が勝利を納めることになります。

通过建立王朝,摆脱迄今为止的地域国家的限制,初步形成了国家雏形,中心王朝以物部氏、苏我氏、大伴氏为主,地方上吉备氏等各地豪强势力逐渐强盛,宣化天皇时期曾我氏为大臣,崇峻天皇时期苏我氏独霸政权,随后的半个世纪里苏我稻目、苏我马子、苏我虾夷、苏我入鹿依次在政治上占有重要地位。钦明天皇时期设立户籍制,国家机构应运而生,这时佛教的传入引起了苏我氏与物部氏之间的斗争,最后以苏我氏的胜利告终。

注:宣化天皇为日本第28代天皇,其在《日本书纪》中被称作小广国押顿尊,在《古事记》里则名为小广国押楯命。
崇峻天皇,日本第32代天皇,钦明天皇之子。钦明天皇是第29代日本天皇。

外国との関係|对外关系

4世紀後半、広開土王碑文によると、朝鮮半島に進出し、百済や新羅を従わせ、高句麗と激しい戦いを繰り広げました。朝鮮半島からは鉄を得、農具や武器、甲冑に使われました。朝鮮と中国から文字や仏教、儒教がもたらされます。ものすごい速さで時代が動いていました。

据国冈上广开土境平安好太王碑(位于吉林省集安市)记载,公元4世纪后半期日本挺进朝鲜半岛,征服百济、新罗并与高句丽不断展开激烈斗争。日本从朝鲜半岛获得大量铁资源用于制作农具、武器、盔甲等。文字、佛教与儒教从朝鲜和中国传入日本,这个时代社会取得了飞速发展。

注:百济、新罗、高句丽均属于朝鲜半岛国家

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