山形県の温泉宿で夜明け前、雨に打たれながら露天ぶろにつかった。注ぎ込む湯と雨粒の音、谷からの虫の声が、湯気の中で混然一体となっている。黒い塊だった正面の森が刻々と緑を取り戻す。自他の生命を実感するひとときだ。

山形县,温泉客栈。天快要亮了,雨水敲打着沐浴在露天温泉中的我。在升腾的雾气中,桶里的沸水、雨滴的柔声、山谷中虫儿的鸣叫,变得浑然一体了。对面黑黢黢的森林,正慢慢透出它本来的绿色。这一刻,我感受到了:生命无所不在!

生きていてよかったと思う瞬間が、誰にもある。温泉での小さな幸せとは比べようもないが、アフガニスタンで人質となっていた韓国人の場合は、故郷の土を踏むその時だろう。今朝にも全員が帰国する。

“活着真好”!这种瞬间的感受,每个人都应该经历过。虽不敢妄自将我那温泉中卑微的幸福与阿富汗人质事件相提并论。但是,当韩国人质重返故土的那一刻,应该是情同我心吧。今天,他们全体回国了。

2人が殺され、韓国政府は犯罪集団との直接交渉を強いられた。解決の陰で身代金のうわさが絶えず、国内では自己責任を問う声があると聞く。だが、生きて帰ってこそ、感謝も反省もできる。

两名人质丧命,迫使韩国政府与犯罪集团进行了面对面的交锋。“在事态平息的背后,有赎金交易”的传闻不绝于耳。国内,也有人认为此次事件是咎由自取。但是,感谢也好、反省也罢。这一切都基于一点,他们活着回来了。

豊かな人生は、生きていてよかったと思う瞬間を積み重ねる作業といえる。きょうを生きれば、明日いいことがあるかもしれない。人質生還吉報に、この夏、いわれなく絶たれたいくつもの生が浮かんでくる。

可以说,每一个多彩的人生,都是由这一次次“活着真好”!的瞬间积累而成。今天,你活下来了,才会有“明天会更好”的希望。这个夏天,人质生还的捷报,使我想到了那些已然与世隔绝的生命,他们的牺牲是如此的无辜。

ネットが結んだ男3人にさらわれ、惨殺された女性がいる。幼くして父を亡くし、お母さんと支え合って生きてきたという。母娘のささやかな日常と、いくつもの未来を引き裂いたの業には、憤りで総身が震える。

有一个女孩儿,被三名通过网络认识的男子绑架,并惨遭杀害。据说,在她很小的时候,父亲就去逝了。此后,她一直与母亲相依为命。想到这些歹徒用他们罪恶的手断送了母女二人平凡的生活,以及她们对未来的些许期望,我便愤怒得周身颤抖。

東京本社版の声欄で、自分が生まれた時にたばこをやめた父をたたえる一文を見た。投稿者の女性(19)は「禁煙してくれたお陰で、一緒に過ごせる時間も増えたことになる」と親の健康を祝す。どんな命も、たくさんの愛情と善意に支えられている。生にまつわる喜びと怒りには、まっすぐに向き合いたい。

在东京本社版的读者之声栏目中,我读到一篇感谢父亲的文章。作者是一名十九岁的女孩子。父亲从她出生后便开始戒烟了,她说“停止吸烟,可以延长他和我们共度的时光”。并借此祝福双亲身体康健。所有生命,都是被无数的爱与善扶撑着。直面那些缠绕在生命周围的喜悦与悲伤吧!它们真的很重要。