2008年01月17日付 防震减灾 警钟长鸣
翻译:tssongsong、xjnuflc、hanyjanny 整理加工:tintinding, Hanyjanny
▼35年前の冬に流行(はや)った「そして神戸」は〈神戸、泣いてどうなるのか〉と始まる。〈船の灯(あかり)うつす濁り水〉の港周辺はいま、ホテルの建設ラッシュに沸いている。観光業界は「復興を遂げた安全で新しい街」を売り込む構えだという。
35年前冬,流行曲《之后的神户》开场道:“神户,哭泣又能如何?”。曾经“浊水映船灯”的港口周围现在正迎来一场新建酒店的热潮。能看的出,观光行业将这里策划为“重新崛起的安全的崭新大街”。
▼阪神大震災から13年になる。6400人を超す犠牲者への追悼と防災の教えを、後世にどう語り継ぐか。復興への闘いは、時の経過とともに「風化との闘い」に移っていく。
6400人遇难的阪神大地震已经过去了13年。我们要如何将那份追悼与教训传承后人呢?随着时间的流逝,为重新振兴而奋斗,也逐渐向“与记忆风化做斗争”变化。
▼神戸では、講習を受けて市民救命士になる人が増え続けている。見知らぬ人に助け出された恩返しにと、救命士を育てる人もいるそうだ。街に根づく防災意識は震災の遺訓といえる。9月の「関東」と並び、1月の「阪神」は大地震への備えを促す早鐘の役割を担う。
在神户,听过讲座后而成为市民救护员的人不断增加。也有人因为受过无名氏的帮助,为了报恩而成为救护员的。扎根于市民内心的防灾意识正是大地震的遗训。9月的“关东”和1月的“阪神”承担着敲响防震警钟的职责。
▼東京都も「首都直下地震」への備えを急いでいる。首都圏でマグニチュード7級が起きると、帰宅が難しい人が650万人出る。中央防災会議の想定だ。この人数が一斉に、徒歩で自宅を目指したらどうなるか。
东京也忙着“来自首都下方的地震”的预防工作。中央防灾会议预计:若首都范围内发生了里氏7级地震,将会有650万人回家困难。试想一下,若他们同时步行回家将会造成怎样的局面?
▼昨年2月の東京マラソンは、群衆の移動には思わぬ時間がかかることを実証した。3万人の参加者全員がスタート地点付近を通過するのに、20分かかっている。8車線の道路でこれだ。650万人が街頭にあふれ出せば消防車や救急車は動きがとれず、被害は広がるばかりだ。
群众整体移动缓慢令人始料未及——去年2月的东京马拉松证实了这个后果。3万参加者光是从出发地附近通过就花了20分钟。8条车道尚且如此,若是650万人的情形,只怕会令消防车急救车寸步难行,徒增受害罢了。
▼「阪神」の後、歩いて帰宅する訓練が盛んに行われた。しかし、いま専門家が呼びかける心得は「帰宅を焦らず、安全な場所で待つ」だという。備え方は絶えず見直されている。年に2度鳴る早鐘の功績である。
“阪神”过后,徒步回家的训练曾兴盛一时。然而专家却呼吁“莫急往家赶,且待安全处”。不断重新审视预防策略正是一年敲响两次警钟的功劳。
解说:
1. 阪神·淡路大震災 はんしんあわじだいしんさい 1995年1月17日5時46分におきた、淡路島北端付近を震源とした地震による大規模な震災。阪神大震災ともいう。この地震の気象庁による正式な名称は兵庫県南部地震であるが、阪神·淡路大地震ともいわれた。マグニチュード7.3。10秒あまりの間に、総延長40km前後の断層がうごいた。食い違いの量は1.5から2.5mの右横ずれ。垂直変位も1m以上に達したところがある。震源の深さが約15kmと浅かったことが、被害を大きくした。震源から南西にのびた断層は、地表に達した。この断裂は過去にもくりかえしうごいた淡路島の野島断層と一致している。本州側に北東にのびた断層運動は、地表にはっきりとはあらわれなかったと考えられている。
2. 関東大震災 かんとうだいしんさい 1923年(大正12)9月1日午前11時58分、関東地方南部をおそった関東大地震による日本史上最大の被害をもたらした震災。相模湾北部を震源とし、規模はマグニチュード7.9。 更多翻译讨论尽在天声人语翻译讨论小组
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