2008年03月09日付 三月桃
翻译:天声人语翻译讨论组 整理解说:young忧雪
▼桃の節句を過ぎてなお、弥生の空は、春の誘いと、冬の名残に揺れているようだ。人の思いも、どこか似ている。たとえばこの季節の旅。春を迎えに南へ行くか、冬を追って北へ向かうか。楽しくも心迷うものがある。
女儿节已经过去,然而三月的天空却似乎依然在春天的邀请及对冬天的眷恋中犹豫不决。人们的想法也与此有些相似。比如这个季节的旅行。是迎春向南而去,还是追着冬天向北而去呢。心中虽有着欢欣却也有着迷茫。
▼とはいえ遠出はかなわず、せんだって手軽な「春」を迎えに隣の山梨県を訪ねた。桃の産地である。早生を育てる大きなビニールハウスで、早咲きを楽しませてもらった。山々は雪で白いが、20度あまりに保たれた中は花盛りである。
尽管那样出远门是不可能了,不过前几天为了迎接这轻快的“春”,我踏访了邻近的山梨县。该县盛产桃子。在培育早熟(桃子)的巨大温棚里,我欣赏到了早桃绽放的风姿。白雪覆盖着的山峦茫茫一片,而保持着20度左右的温棚中,却是花团锦簇。
▼かすかに聞こえる羽音は、授粉のために放たれたミツバチの乱舞だ。下草も青々と伸びている。萌(も)える青草を踏んで野山を散策する楽しみは、「踏青」といって晩春の季語でもある。ひと月早い「春の野」に寝ころべば、体はほどけて眠気を催す。
依稀中听到振翅的声响,原来是专为授粉而放养的蜜蜂们在欢快地飞舞。树下丛生的青草也郁郁葱葱地舒展开来。踏着萌芽的青草放步野山的乐趣称之为“踏青”,这是晚春的季语。若是躺在早了一个月的‘春之田野’上的话,就会全身放松而发困了。
▼2月の異名を「梅つ月」という。3月は「桜月」である。凜(りん)と咲く梅、艶(えん)と散る桜。2人の姉に挟まれて、桃はおとなしい末っ子のようにつつしみ深い。その桃が、古くは厄よけの霊力を持つ木として信仰を集めていた。
2月的另一种称谓是“梅月”,3月是“樱月”。凛然盛开在寒风中的梅花,妖艳而随风飘落的樱花。夹在2个姐姐当中,桃就像是听话的小闺女般十分谦虚谨慎。那样的桃,在古时被认为是带有辟邪之灵力的树木而备受敬仰。
▼歌人の生方たつゑさんは幼いころ体が弱かった。母親は、桃が咲くと湯船に花枝を浮かべて湯浴(ゆあ)みをさせた。体の中の鬼を追い出すからと言い、「手のひらを丸めてすくったお湯を、肩にも、背にもかけてくれた」。そんな回想を残している。
和歌诗人生方tatue女士自幼体质孱弱。每当桃花盛开之时,她母亲就在浴桶里放入桃枝让她入浴。说是这样能驱除附在体内的鬼灵,所以母亲还特地“将手掌曲成勺状,掬起热水轻洒在她的肩上,背上”。至今tatue仍留有这样的记忆。
▼男には立ち入りがたい、母と娘の世界だろう。たおやかなひとときには、桜や梅より桃の花がよく似合う。〈子も猫も母の近くに桃の花〉永田英子。凜でなく、艶でもなく。さて、どんな一字を桃に献じようか。
对于男士而言,难以介入的应是母亲和女儿的世界吧。娴熟而雅致的片刻,与樱花和梅花相比起来,更似桃花。永田英子有俳句云:【桃花吐芳红似火,垂髫幼猫各倚母】。桃,既不凛,也不艳。叫我如何用一个字去形容你呢?
解说:
生方 たつゑ:(うぶかた たつえ、1905年2月23日 - 2000年1月18日)は、歌人である。三重県宇治山田町(現`伊勢市)生まれ。日本女子大学家政科卒業。群馬県沼田市に嫁ぎ、今井邦子に師事し、1935年、最初の歌集『山花集』を上梓する。戦後は松村英一門下にあり、多数の歌集を刊行、第七歌集『白い風の中で』(1957)で読売文学賞、『野分のやうに』(1979)で迢空賞受賞。 更多翻译讨论尽在天声人语翻译讨论小组
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