個性派の名脇役として、300本以上の映画、テレビドラマに出演した俳優の夏八木勲(なつやぎ・いさお、本名同じ)さんが、11日午後3時22分、神奈川県内の自宅で死去したことが12日、分かった。享年73歳。すい臓がんを患い、昨秋から闘病生活を送りながらも、周囲には病気のことを隠してドラマ撮影に参加。最後まで俳優としての仕事をまっとうした。

2013年5月12日获悉,日本老牌演员夏八木勋于11日下午3点22分在神奈川县的家中去世,享年73岁。作为个性派知名男配角,夏八木勋曾出演超过300部电影、电视剧作品。夏八木勋因胰脏癌自去年秋天起就开始了与病魔斗争的生活,但他却向周围人隐瞒了病情,投入到电视剧的拍摄之中。作为演员,他奋力工作到了最后一刻。

脇役ながらも抜群の存在感を見せ、数々の作品を支えてきた夏八木さんが「生涯現役」のまま、この世を去った。

虽常饰演配角,夏八木勋却能凸显自己出众的演技,为诸多作品添彩添色,如今他以“现任演员”的身份离开了人世。

関係者によると、夏八木さんは昨秋、体調がすぐれなかったため検査を受けたところ、すい臓がんを患っていることが判明。その後は入退院を繰り返していた。公の場に姿を見せたのは、今年3月末に行われた高崎映画祭の表彰式が最後だった。

根据知情人士透露,夏八木勋从去年秋天开始就因身体状况不佳接受检查,结果发现患有胰脏癌。之后曾多次出入医院治疗,最后一次公开出现是在今年3月底举行的高崎电影节的表彰会上。

今月2日の「日本映画批評家大賞」では「ゴールデン・グローリー賞」を受賞しながらも夫人が代理出席。「主人は風邪で出席できません」と説明したが、かなり厳しい状態だったようで、主治医からは「(余命は)月単位で考えてください」と言われていたという。9日になって容体が急変。病院には行かず、自宅で静かに息を引き取った。最期は夫人、娘がみとり、「安らかで、声を掛けたら『スマン』と起きてくるような顔をしていた」(関係者)そうだ。

本月2日获得“日本电影评论家大奖”的黄金荣誉奖时,就是夫人代理出席的。虽然夫人解释说“丈夫因感冒无法出席”,但其实病情已相当严重,主治医生诊断说“只剩下几个月可活了”。到了9日,病情突然生变,夏八木勋没有前往医院,而是在自己家中平静地过世了。临终之际,由夫人和女儿照看,知情者称,“表情佷平静,跟他说话时,像是要醒过来说‘对不起’的样子”。

この日、報道陣に対応した関係者は「口には出さないものの、余命は知っていたと思います」と説明したが、まさに命懸けで、最後まで俳優業を貫いた。体力が落ちてきた時も「ちょっと疲労で目まいがする」とがんを患っている事実は明かさなかった。最後の仕事となったフジテレビ系連続ドラマ「ゴーイング マイ ホーム」の撮影では、病院から現場に通ったことも。厳しい状況の中、映画にも積極的に出演し、「そして父になる」「終戦のエンペラー」など、6本の出演作公開を控えていた。

当日对媒体回应的知情者称,“夏八木先生虽然没有说出来,但是知道自己还能活多久的”,真的是豁出性命,将演员事业贯彻到了最后。体力不支的时候也只是说“有点累了,所以觉得头晕”,没有把患有癌症的事实告诉大家。富士电视台连续剧《going my home》的拍摄成了他最后的工作,当时也是在拍摄现场和医院间往返。即使是病情严重的情况下,夏八木勋也积极参演电影,目前还有《如父如子》《天皇(最后的帝王)》等6部作品即将上映。

慶大在学中の59年に文学座研究所に入所。同期の黒柳徹子(79)、江守徹(69)らと学び、大学中退後は劇団俳優座養成所で林隆三(69)、小野武彦(70)、栗原小巻(68)、前田吟(69)、原田芳雄さん、太地喜和子さん、地井武男さんらと同期に。のちの名優がズラリと顔をそろえ、「花の15期生」と呼ばれた。

夏八木勋1959年就读庆应义塾大学时进入了文学座剧团研究所。与同期的黑柳彻子(79)、江守彻(69)一起学习,大学中途退学后,在剧团演员训练班中与林隆三(69)、小野武彦(70)、栗原小卷(68)、前田吟(69)、原田芳雄、太地喜和子、地井武男等都是同期学员。之后其中许多人都成为了名演员,这一届被称为了“花样的15期生”。

66年に東映入社。「骨までしゃぶる」でデビューすると、養成所で培った芝居の基礎を生かし、早くも同年、「牙狼之介」で主演。アクション作品、時代劇などを中心に悪役、敵役を問わず個性派俳優として活躍した。74年のNHK連続テレビ小説「鳩子の海」では憲兵に追われる脱走兵を好演。知名度が一気に上がった。その後もコンスタントに映画、テレビに出演、主役級の存在感を持ちながら、脇を固める実力俳優として欠かせない存在だった。

夏八木勋1966年进入东映公司。以《敲骨吸髓》出道,发挥了在培训班中积累的演技功底,早在同年的《牙狼之介》中担任了主演。之后以动作片、时代剧为演艺重心,出演了许多反面反派角色,作为个性派演员十分活跃。在74年NHK晨间剧《鸠子的海》中出演了被宪兵追杀的逃兵,获得好评。知名度大幅上升。之后也经常在电影电视剧中出演,有着主角一样存在感的他,作为强力助演的实力演员是不可或缺的存在。

昨年10月、79年の「戦国自衛隊」以来となる主演映画「希望の国」が公開。同作で芸術選奨も受賞した。今後、出演を予定していた映画が2本あり、夏前の撮影に向けて衣装合わせなども終わっていた。周囲には次の作品に向けての意欲を語っていたが、その願いはかなわなかった。

去年10月,自79年的《战国自卫队》以来夏八木勋再次主演的《希望之国》上映了,这部作品获得了艺术选优推奖。之后预计还将出演两部电影,夏天前拍摄的定妆工作也已完成。虽然向周围人透露了还想拍下部作品,这个愿望却未能达成。

◆夏八木 勲(なつやぎ・いさお)1939年12月25日、東京都生まれ。慶大文学部仏文科在学中に文学座研究所入り。中退後、劇団俳優座の俳優養成所入所。66年、映画「骨までしゃぶる」でデビュー。その後は映画を中心に活動していたが、74年のNHK「鳩子の海」で全国区に。映画「野性の証明」「戦国自衛隊」、大河ドラマ「花神」「龍馬伝」などにも出演。78~84年頃は一時期、芸名を「夏木勲」としていた。

◆夏八木 勋(なつやぎ・いさお)1939年12月25日,东京都出生。庆应义塾大学文学院法文专业就读时进入文学座剧团研究所。中途退学后,进入剧团演员培训班。66年以电影《敲骨吸髓》出道。之后以电影为重心进行各种演艺活动,74年因NHK的《鸠子的海》全国闻名。出演了电影《野性的证明》《战国自卫队》、大河剧《花神》《龙马传》等作品。78-84年的艺名为“夏木勋”。

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