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ハインリッヒ・シュリーマン ドイツ人/旅行家 、考古学者、滞在期間:1864(3ヶ月)

海因里希·谢里曼,德国人,旅行家,考古学家(特洛伊遗址的发掘者);滞日期间:1864年(3个月)

(たたみ文化を絶賛!?)

『ヨーロッパでは、食器戸棚、婦人用衣装箪笥や男性用の洋服箪笥、ヘッドボードにテーブル、椅子、それにもろもろの最小限必要とされる家具類の豪華さを、隣人たちと競いあう。だから、多少とも広い住宅、幾人もの召使、調度品をそろえるための資産が必要だし、年間の莫大な出費がどうしても必要となる。ヨーロッパの結婚難は家具を競おうとするためであり、そのための出費がかさむからである。ヨーロッパでは、そうした出費に堪えるほど裕福な者でなければ、結婚など考えない。

(盛赞榻榻米文化!?)

“在欧洲,人们与邻居竞相攀比,食具橱柜、妇人用的衣橱与男性用的挂衣柜、床头板、桌椅,还有各类最低限度所需家具的豪华,皆为攀比对象。因此,为了备置一间多少宽敞的住宅、几名佣人、日用家具,亟需资产,一年花上一笔巨资绝难避免。欧洲的结婚难正是由于人们为攀比家具,花费与日俱增。在欧洲,如果不是能承担这笔费用的富人,就难以谈婚论嫁。

ところが日本に来て私は、ヨーロッパで必要不可欠だとみなされていたものの大部分は、もともとあったものではなく、文明がつくりだしたものであることに気がついた。寝室を満たしている豪華な家具調度など、ちっとも必要ではないし、それらが便利だと思うのはただ慣れ親しんでいるからにすぎないこと、それらぬきでもじゅんぶんやっていけるのだとわかったのである。もし正座に慣れたら、つまり椅子やテーブル、長椅子、あるいはベッドとして、この美し「ござ」を用いることに慣れることができたら、今と同じくらい快適に生活できるだろう。もしヨーロッパの親たちが日本の習慣を取り入れて、子供たちの結婚準備から解放されたら、それはなんという励ましになることだろう。』

『シュリーマン旅行記 清国・日本』石井和子訳 講談社

然而,我来到日本后发现,曾在欧洲被认为是不可或缺的那些东西,其大部分都不是自然所生,而是文明所生之物。堆满卧室的豪华家具日用等,全然不必要,以此为便,不啻习惯所生而已,即便去除这些也可充裕地生活下去。如果习惯了正坐,那即是说,它(榻榻米)可作为椅子、桌子、长椅、或是床,只要习惯使用这种美妙的“榻榻米”,也能过着与现在相同的舒适生活。若是欧洲的父母们学习了日本的习惯、从准备孩子婚事中解脱出来,那该是多么振奋的事啊。

《谢里曼旅行记 清国和日本》 石井和子译  讲谈社

A・B・ミットフォード イギリス人/英国公使館書記官、滞在期間:1866-1870(3年余) 幕府および明治政府との外交交渉に当たり尽力する。

A·B·米特福德  英国人;英国公使馆书记官;滞日期间:1866-1870(3年余);致力于和幕府以及明治政府的外交交涉。

(天皇に謁見する)

『我々が部屋に入ると、天子は立ち上がって、我々の敬礼に対して礼を返された。彼は当時、輝く目と明るい顔色をした背の高い若者であった。彼の動作には非常に威厳があり、世界中のどの王国よりも何世紀も古い王家の世継ぎにふさわしいものであった。

(谒见天皇)

“我们一走进房间,天皇就站了起来,对我们的敬礼予以回礼。当时,他是位目光如炬、面色爽朗的高个子青年。他的举止极具威严,作为这个比世界任何一个王国都要古老的王室的继承者,他的举止是相称的。

文中的天皇是明治天皇

彼は白い上着を着て、詰め物をした長い袴は真紅で婦人の宮廷服の裳裾のように裾を引いていた。(中略)頬には紅をさし、唇は赤と金に塗られ、歯はお歯黒で染められていた。このように、本来の姿を戯画化した状態で、なお威厳を保つのは並大抵のわざではないが、それでもなお、高貴の血筋を引いていることがありありとうかがわれていた。付け加えておくと、間もなく若い帝王は、これらの陳腐な風習や古い時代の束縛を、その他の時代遅れのもろもろと一緒に、全部追放したということである。』

『英国外交官の見た幕末維新』長岡祥三訳 新人物往来社

他身穿白色上衣,缝着衬垫的长长裙裤鲜红,和服下摆拖曳于地,宛如妇人宫廷礼服的衣裙一般。(中略)面颊泛红润,唇部涂上金色与红色,牙齿用牙黑浆染黑。就像这番打扮,他原本的姿容呈滑稽之态,仍保持威严可见这绝非凡夫之技,即使如此,依然能清楚地窥见他继承的高贵血统。再冗笔一叙,这位年轻的帝王,不久即会把这些陈旧的风习和古老时代的束缚、连同其它落后于时代的诸物尽行革除。

《英国外交官所见的幕末维新》 长冈祥三译  新人物往来社

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