日语文学作品赏析《放し鰻》
本所
「どうしなすった。喧嘩でもしなすったかね。」と、橋番の
平吉はそれにも答えないで、おやじの手から
「どうかしなすったかえ。」と、おやじは相手の顔をのぞきながら訊いた。
平吉は何か言おうとしてまた躊躇した。かれは無言でそこらにある小桶を指さした。番小屋の店のまえに置いてある盤台風の浅い小桶には、
「ああ、そうかえ。」と、おやじは急に笑い出した。「じゃあ、お前、当ったね。」
その声があまり大きかったので、平吉はぎょっとしたらしく、あわててまた左右を見廻したかと思うと、その内ぶところをしっかりと抱えるようにして、なんにも言わずに一目散に駈け出した。駈け出したというよりも逃げ出したのである。彼は
ひとり者の彼はふるえる手で入口の錠をあけて、あわてて内へ駈け上がって、奥の三畳の
ある時、かれは両国の橋番の小屋に休んで、番人のおやじにその
「御同様に運のない者は仕方がない。だが、おまえの方がわたしらより
「あたるかなあ。」と、平吉は気のないように考えていた。
「そこは天にある。」と、おやじは悟ったように言った。「無理にすすめて、損をしたと怨まれちゃあ困る。」
「いや、やってみよう。当ったらお礼をするぜ。」
「お礼というほどにも及ばないが、この放しうなぎの
ふたりは笑って別れた。その以来、平吉は無理なやりくりをして、方々の富礼を買ってみた。
「どうだね。まだ放しうなぎは……。」と、橋番のおやじは時どき冗談半分に訊いた。
平吉はいつも
橋番の方はまずあしたでもいいとして、彼は差しあたりその金の始末に困った。勿論、あたり札、百両といっても、そのうち二割の二十両は
正直なかれは、この機会に方々の小さい借金を返してしまおうと思った。それでも五両ほどあれば十分であるから、残りの七十五両をどうかしなければならない。床下にうずめて置こうかとも考えたが、ひとり者の
金を取ったらどう使おうかということは、ふだんから能く考えて置いたのであるが、さてその金を使うまでの処分かたについては、かれもまだ考えていなかったので、今この場にのぞんで俄かに途方にくれた。かれは重いふところを抱えて癪に悩んだ人のようにうめいていたが、やがてあることを思い付いた。彼はすぐにまた飛び出して、町内の左官屋の親方の家へ駈け込んだ。
左官屋の親方はたくさんの出入り場を持っていて
「だが、わたしは満足に字が書けないから、いずれ親方が帰って来てから預り証を書いてあげる。それでいいだろうね。」
「へえ、よろしゅうございます。」
重荷をおろしたような、
「平さん。また来たね。」と、おやじは
秋の日はもう暮れかかっていた。この時の平吉はもうだんだんに気が落ちついて来たので、あとさきを見廻しながら小声で言った。
「放しうなぎをするよ。」
「いよいよ当ったのかえ。」と、おやじは小声で訊きかえした。
平吉は無言で指一本出してみせると、おやじは眼を丸くして笑った。
「そりゃ結構だ。おめでたい、おめでたい。だが、日が暮れかかったので鰻はもう奥へ片付けてしまった。いっそあしたにしてくれないか。」
「ああ、いいとも……。
言いながら彼は一分金三つをつかんで渡すと、おやじはびっくりしたように透かしてみた。
「こんなに貰っちゃ済まないな。だが、まあ、折角のお福
礼やらお世辞やらをうしろに聞きながら、平吉はまた急ぎ足で自分の家へ帰った。彼は今になってまだ
座蒲団のうえに坐って、平吉はがっかりした。彼はけさからちっとも落ちついた心持になれないで、唯せかせかと駈けずり廻っていたのである。からだも心も一度に疲れ果てたようで、彼はもう口を
「平さんはあぶない。すぐ近所だから送っておあげよ。」と、帳場にいる女房が見かねて注意した。
祝儀を貰った義理もあるので、女中はかれの手をひいて表へ出ると、月のひかりは地に落ちて霜のように白かった。路地のなかまで送り込むと、その
あくる朝になって、この長屋じゅうは勿論、町内をもおどろかすような大事件が発覚した。平吉は奥の三畳で何者にか刺し殺されていた。入口の四畳半の長火鉢のまえには、二人の大の男が血を吐いて死んでいた。
平吉はうなぎ屋から酔って帰って、そのまま奥へはいって寝込んでしまったところへ、他のふたりが忍び寄って刺し殺したのである。かれらはそれから家内を探しまわった末に、入口の長火鉢のまえで酒を飲んだ。それが
それからまた二日ほど過ぎた。
両国の橋番のおやじは
「平さんもほんとうにお気の毒ね。あたしも
女房から一分の金を渡されて、おやじは又おどろいた。せいぜい五十文か百文が関の山であるのに、平吉は格別、この女房までが一分の金をくれるのはどうしたのであろうと、少しく不審そうにその顔をながめていると、女房は自分の手で小桶から一匹の小さい鰻をつかみ出して川へ投げ込んだ。つづいて自分も身を投げた。橋番のおやじは
死人に口無しで、もとより詳しい事情はわからないが、平吉に毒酒を贈ったのはこの女房であったらしい。女房は亭主の留守に平吉から七十五両の金をあずけられて、俄かに悪心を起してその金をわが物にしようと
しかしその時は平吉ももう酔っているので、その上に飲む元気もなく、そこらへ酒樽を投げ出したままで正体もなく寝入ってしまったところへ、町内のならず者ふたりが忍び込んで来た。かれらは平吉が富に当ったことを知っていて、まず彼を刺し殺してその金を奪い取るつもりであったらしいが、金のありかは判らなかった。かれらは死人のふところから使い残りの一両あまりを探し出して、わずかに満足するほかはなかった。かれらは行きがけの駄賃に、そこにある酒樽に眼をつけて飲みはじめた。酒には毒が入れてあったので、かれらはその場で倒れてしまった。
以上の想像が事実とすれば、平吉を殺そうとした酒が却って平吉の味方になって、その場を去らずに
しかし、それで女房の罪が帳消しにならないのは判りきっていた。たといその結果がどうであろうとも、かれは預りの金を奪わんがために毒酒を平吉に贈ったのであるから、容易ならざる重罪人である。女房も詮議がだんだんきびしくなって来たのを恐れて、罪の重荷を放しうなぎと共に大川へ沈めたのであろう。
秋が深くなって、岸の柳のかげが日ごとに痩せて行った。橋番のおやじは二人の供養のために、毎あさの放し鰻を怠らなかった。
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