[四]

以前、企業の部課長クラスを対象としたセミナーの後の雑談で、上司の指示命令を部下がやり過ごしてしまうこともあるのでは?と話したら、ある大企業の部長からお叱りを受けました。日く、「組織の中にあって、上司から出された命令や指示をやり過ごしてしまうなどということはあってはならないことである」。しかし後になって、もっと話を聞きたいという人がやってきました。そして驚いたことに、やり過ごしのできない部下は無能であるとまで断言する人さえあわられたのです。

<中略>

実際の企業を調査すると、「やり過ごし」には重要な機能のあることが分かってきました。たとえば、業務量が非常に多く、忙しい職場では、上司の指示命令のすべてに応えることはもともと不可能なので、部下が自ら優先順位をつけ、上司の指示命令を上手にやり過ごしながら、時間と労力を節約して業務を処理していくことをむしろ期待されていると言います。それができない部下は、いわれたことをやるだけで、自分の仕事を管理する能力がないと低い評価しかえられないそうですから、世の中厳しいものです。

あるいは、管理者の人事異動が頻繁で、実際の業務知識に乏しく経験も浅い管理者がよく巡ってくるような職場では、その業務に長年従事し、職人としての知識を持つ部下にとっては、反論するのもばかばかしい指示が時としてなされることもあります。しかも悪いことに、面と向かって上司の指示がいかにナンセンスなものであるかを部下が立証したとしても、それを受け入れる度量の広さを上司が備えていないことも多く、そんな場合、職場の人間関係は不快さが残るだけで終わることになります。「殿様が白と言ったら、鴉も白いんだ」と喚いた上司もいるそうです。これをばか殿状況と呼んだ人がいましたが、こうした状況下では、的別れな指示は部下のやり過ごしによってろ過され、上司に恥をかかせずに、正当な指示に対する業務だけが円滑に実行されることになるといいます。

つまり、組織の中における「やり過ごし」には、仕事の過大負荷や上司の低信頼性に対処して、組織的な破綻を回避するという注目すべき機能もあるのです。

36.文中の「あるのでは?」はどの意味に当たるか。

A ないだろう B あるだろう C ないはずだ D あるはずだ

37.文中の「世の中厳しいものです」とあるが、その理由は何か。

A 上司に言われたとおりやるのでは能力がないとされるから。
B 時間と労力を節約して業務を処理するとあまり評価されないから。
C 上司の命令がどんなものであろうと絶対に従わなければいけないから。
D 業務量の多い忙しい職場では上司の命令すべてに従うことは不可能だから。

38.文中の「そんな場合」とはどんな場合か。

A 上司の指示がナンセンスで不適切な場合
B 部下が職人としての知識を持っている場合
C 上司が部下の意見を受け入れようとしない場合
D 部下が上司の不適切な指示を立証した場合

39.文中で部下のやり方として高く評価しているものはどれか。

A 上司に言われたこと以上のことをする。
B 上司に言われたとおりに実行する。
C 上司の顔色を伺いながら仕事をする。
D 上司に言われたことを選択しながら実行する。

40.筆者がこの文章で一番言いたいことは何か。

A 組織の中での「やり過ごし」には重要な機能があるということ。
B 管理者の人事異動が頻繁な企業での業務がいかに大変かということ。
C 業務における知識や能力よりも上司との人間関係こそが重要であるということ。
D 上司の「バカ殿」ぶりが部下へ与える精神的苦痛がいかに大きいかということ。